| 第七章:こうすれば必ず戦力がアップする | ||||
| 仕事と家庭はどちらが大切か | ||||
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「いったい私と仕事とどちらが大切なの?」女房族が亭主族によくする質問である。 私は、このたぐいの質問を社員に対してよく試みる。我社のように毎日十時、十一時にしか帰宅できないような会社では、いずれ家庭をもてば、必ずこのての質問を受けるからだ。 もちろん、仕事が大事か家庭が大事か比較できようはずもない。だが、これは職業意識に大きな影響を及ぼす大切な問題だ。 結論から先に述べると、「家庭」と答える人間は、仕事に対して自信がないことが多い。私自身は、経営者である以上、家庭を犠牲にすることはやむを得ないと思っている。わずか従業員六百人ばかりの企業でも、家族まで含めると、その三倍、四倍の人間に対して責任があるので、家庭などとは言っておれない。 けれど、私が社員という立場に立てば、仕事と家庭とを両立させると答えるだろう。だが、我社の社員の中にも、両立させることは絶対に不可能だと考えている者もいる。しかし、両立させることは可能なのだ。 これは定年後のことを考えてみればいい。 極端にいえば、先に楽をするかあとから楽をするかである。やはり苦しみは先において楽が残っている方が余裕のある人生ではないだろうか? たとえば、係長で定年を迎えるのと、部長で定年を迎えるのでは、退職金には大きな差がある。また、再就職という問題を考えてみても、どちらが有利であるかは一目瞭然であろう。 世の女房族も、亭主が出世すれば喜ぶし、給料が上がればうれしいと思っている。しかし「私はどうなの」とくる。ここには、仕事か家庭かの選択よりも、もっと大きな矛盾がある。男は、十分にこれを説得しなければならない。 私はこの理屈がわからない人間はバカだと思う。だから、こんなバカなお嬢さんと、我社の大切な社員を一緒にさせたくないということにも結びついていく。 今、現在、若干辛抱することによって、家庭生活が安定し、将来に希望が持て、二人の目標も実現していく。仕事と家庭を両立させるというのは、こういうことである。 一歩まちがえば、目先のわずかな享楽のために、一生を台無しにしてしまうことだって起こりうるのだ。 最もすばらしい人生とは、来る日来る日が過去の人生の中で最もよい日であると実感できることだ。同じ所に止まっていては、それは感じることはできない。少なくとも一歩ずつでも前進しなければならない。 そのための手段となるものが仕事である。だから、仕事に対して自信と誇りを持てない人間が、”マイホームパパ”などと形容されるのである。 物事が実現するか否かは、まずそれをやろうとした人間が、できると信じることから始まる。自らできると信じた時には、その半分は終了している。 人生に対して大きな夢とロマンと目標が必要なのは、こうした理由からである。企業ポリシーも全く同じである。この社員一人ひとりの夢とロマンと目標が、企業のそれと見事に一致した時、会社は大きく発展するのである。 ※本書は1984年にPHP研究所より刊行されたもので、内容は当時のまま掲載しております。 次回更新日:2007.9.12 |